• 歳時記

絵と布の画廊歳時記 2013年5月6月合併号

五位鷺の声したたるや走梅雨   市村究一郎

 

田園初夏Last

児島善三郎作「田園初夏」22.8 x 53.1cm  1950年  兒嶋画廊

 

歳時記が隔月になったとたんに日々の感覚がかくも雑になってしまうとは考えてもいませんでした。

毎朝の犬の散歩でさえ、季節の移り変わりを少しでも 見逃すまいと

雑木林の中をキョロキョロしていたのに最近は暢気なものです。

 

譬えるのも何ですが、

毎日ゝ献立を考えて晩御飯を作っていたのが外食を挟んで一 日おきになったような感じで、

つい今夜も手抜き料理でてな具合になるのと似ているかもしれません。

そこで今回もおなじみのメニュー、国分寺の田圃の風景で す。

 

「田園初夏」という題名どおり田圃も森や林も緑一色ですが、

清々しく晴れ渡っている感じではありません。

空もどんよりしていて、そこいらじゅう梅雨と いう雰囲気です。

また、緑一色と言っても、善三郎の使う緑の数の多さとヴァルールの多様さは

ほかに比べる画家がいないといわれたほどですから、

これ以上水 分を含むことが出来ない飽和状態の緑だということが画面から伝わって参ります。

構図も随分とシネマスコープです。

 

長辺は10号と同じ53㎝ですが極端に横 長です。

横長の構図と言えば青木繁の「海の幸」が思い浮かびます。

あの絵の場合は大きな魚を担いだ裸形の漁師たちが右から左へと進んで行く隊列がメイン テーマで、

福田たねがモデルと言われる美少年か美少女かわからない、

でも明らかに他の荒くれた漁師たちとは違う美しい人物がこちらに何か

秘密の合図を送る 様に視線を送ってきているドラマティックなシーンが描かれています。

横に時間軸を置く鳥獣戯画や信起山絵巻のような伝統的絵巻物表現を受け継いでるように 思えます。

それに比べると善三郎のこの横長表現はちょいと違って、

先ほども書いたように「そこいらじゅう」という意味を表しているような気がいたします。

画面いっぱいにべったりとという感じです。

無邊なるかな、これだけ広い風景の中ですから画面上に描かれて見えなくても

五位鷺が川縁りで泣いていても不思議 じゃないし、

田圃や林には無数の虫や小動物、両生類、爬虫類がわんさかといるだろうし、

小川や畔の水路にはヤゴやザリガニ、ゲンゴロウ、ドジョウ、小魚に 川エビなどの水生生物が五万といるはずです。

家は数軒見えますが人の姿は見えません。

目に見えるもの、見えないものといったような表現が良く使われます が、

この絵には見えない物の方が沢山書き込まれているような気がします。

 

「汝ら天地一切のものに感謝せよ!!」

 

善三郎も傾倒していた「生長の家」谷口雅春 氏の教えが

アジアモンスーン地帯の稲作文化の恵みと共に浸みだして見えてくるようです。

六十年前には存在していた自然の中の複雑系の調和が、

この後あっと いう間に崩壊していったのは、開発という名の人間が作り出した津波の為せる業でした。

 

 

||||| 香港紀行 |||||

半年ぶりに、また香港に行ってきました。

バーゼルアートフェアin 香港に合わせて、クリスティーズのスプリングセールも開かれました。

善三郎作品が香港クリスティーズに出品されるのも五回、計七点目になります。

この二年 半の間でアジア20世紀を代表する作家としての認識は定着したのでしょうか。

残念ながら、今回の花の三十号は不落札でした。

藤田嗣冶や林武も出品されまし たが不落札や下値以下の落札など、

草間弥生や奈良美智などの現代作家も含め日本勢は大苦戦を強いられました。

中国、台湾、フィリッピン、インドネシア、シ ンガポールなどの国の作家の作品が

下値の数倍から数十倍で落札されるのと比較すると、まさに落日の感ありといったところです。

新興国の謄勢に反比例して我 国は浮力を失ってしまったようです。

それにしても、日本の近代美術の海外での認知度は全くお粗末です。

それは国内でも大して変わりませんから、どうしよう もありません。

わが国の文化行政及び教育は世界でも最低ランクではないかと思います。

明治以降アジアの文化先進国だと思っていたのが、今では劣等生になっ てしまいました。

岡倉天心や横山大観たちがインドの詩人タゴールと語らった東洋の理想はどこへ行ったのでしょうか。

文化教育の欠落、これは一国としての存 在の基盤を揺るがす危機です。

愚痴を言っても始まらないので、展覧会活動など出来ることからやっていくしかないと

覚悟を新たに致しました。

 

 

||||| 今月の新着 |||||

芦ノ湖畔の秋

児島善三郎 「芦ノ湖畔の秋」水彩、紙 22.5ⅹ29.3㎝

小平霊園にある当家のお墓の墓誌の表に彫られている図柄と同じです。

ずっと、信州か上州の風景だと思っていました。右下が湖とは気が付きませんでした。

 

 

歳時記紅型3

縹地紅型 沖縄 十九世紀

 

 

芭蕉布反物

芭蕉布 沖縄 1940年

 

琉球二題

二尺以上もある紅型の端尺、地の縹色に黄、赤も良く残っています。

昭和十五年に弐拾壱円で取引された芭蕉布の反物一反、無地の織物は一見地味です が、

染や文様でごまかすことが出来ない分、素材の精製吟味に大変手間がかかります

。焼き物の白磁の優品と同じで貴重なものです。

 

 

||||| ご案内 |||||

絵画・お茶道具・古美術の売却、着物の整理など、ご相談下さい。

また、海外のオークションへのご出品やご購入のお手伝いも致して居ります。

 

前号はこちら
 

次号はこちら