• 歳時記

絵と布の画廊歳時記 2013年11月12月合併号

1954 薔薇12号 歳時記
児島善三郎作「バラ」60.6 x 45.5cm 1954年 個人蔵

 

冬薔薇は色濃く影の淡きかも  水原秋桜子

 

以前から、この絵を見るとクリスマスっぽいよなと思っていました。

何か、すべてが珍しく、すべての取り合わせが、構図も含めて珍しい感じがするので す。

かわいい絵柄のマジョリカ焼きの壷はこの一点でしか確認できませんでしたし、

虞美人草ではよくある形ですが、バラの花の下の茎がえらく長く描かれてい ます。

葉っぱは申し訳なさそうに壷の口当たりにへばりついています。

こんなのもこれ一点です。

 

この絵を描くときに明らかに児島善三郎の中に普段には見られない何かが起こっていたとしか考えられません。

私は冒頭に述べたように聖夜を感じてしまいます。

聖歌隊が首を長くのばし、口蓋をおもいきり開き賛美歌を唱 和しています。

ハレルヤ、ハレルヤ!!てな風に。

 

 

この頃の作家の体調は日によって変わるほど微妙な状態だったかも知れません。

私はまだ七才でしたから知る 由もありませんが、二年前に再発した持病の結核との戦いは、

しばしば訪れる不眠症等の影響などもあり作画の上にも影を落としていたのかもしれません。

この 絵が冬に描かれたかどうかは全く分かりませんが、

掲載の句と痛いほど共感しています。

秋桜子とは親交も厚かったのですが、何度も引用させて頂いたたよう に、

互いに同じような言霊を共有していたように思えてなりません。

 

台湾・香港紀行

前号でお知らせしたように、

11月は7日から9日までを台北、23日から25日までを香港とアジア遊行して参りました。

出不精ですから何かと疲れました。

台湾のアート台北、アートフェアも香港のクリスティーズの下見会場も

駄々広いイベント会場をパーテーションで仕切った、さながら迷路のような会場で、

固い 床の上を延々と歩かなければいけません。

足も腰もがたがたになって帰って来ました。

 

先ず、はじめの台湾ですが、目的はアートフェアではなく、

2015年に 予定している善三郎プロジェクトについての打ち合わせのために行きました。

候補先の大学美術館の教授との打ち合わせはスムースに進行しましたが、

作品の輸 送と保険は往復とも当方持ちという事で、

こりゃ、お金が大変だぞ、慣れない資金集めに奔走しなければならないかも、というチョイヤバ状態。

 

日本側の実行委 員会の立ち上げも必要になって参ります。

二年先と言っても、うかうかしてはいられません。

今回の宿泊はホテルではなく「小曼」という茶舗のゲストハウス的 B&B(ベッド アンド ブレックファスト)ワンフロアー貸し切りを一人で寝ました。

チョット贅沢な気分でした。

でも蚊にさされましたので2泊目 は蚊取り線香を焚いてもらいました。

 

帰る日の朝は前回に続いてフェイさんに陽明山中の温泉場に連れて行ってもらい、

朝食も美味しい朝粥を頂きました。

次の 香港行きはクリスティーズのオークション参加が目的です。

 

今回は善三郎に加え藤島武二や梅原龍三郎と言った日本近代美術の大家の作品を中心に9点出品しま した。

以前にフジタと善三郎は出品されましたが、今回のような試みは初めてです。

 

全滅だったらどうしようとか、大損したらどうしようとか悩みは尽きません でしたが、

結果は四勝五敗でなんとか分けに持ち込めました。ほっとしまた。

今後も続けてゆこうと思いますが日本からの援護射撃が是非とも必要です。

これ も、帰る日の午前中ですがサザビーズのコンサルタントと会い

香港での善三郎展の打ち合わせもできました。

海外ではほとんど知る人も無い祖父の作品を国境を 越えてアジア20世紀を代表する作家として、

歓迎してくれる両国のアート関係者に心からの謝意を伝えたいと思っています。

それに引き換え国内は寂しい限り に思えます。

 

展覧会の開催と市場での実績作り、この両輪が重要な事は言うまでもありません。

これはやはり画商の仕事です。

小曼B&B-1歳時記  小曼B&B−2HP
小曼B&Bの内部

 

 

新着情報

 

フジタ 西湖春歳時記
藤田嗣治「西湖春」27.5 x 23.0cm 1935年
1935年フジタはマドレーヌと一緒に大連に行ったようです。

その時に描いた浴場の入口の画です。 赤の房飾りがかわいい。

 

 

藍熨斗目歳時記
志村ふくみ「藍熨斗目」1975年
あこがれていた熨斗目を入手することが出来ました。

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